smlbeme

意志のない日記

20220402

朝ごはん、昨晩は遅くにビールを飲んだので今日は体に優しいものにしようと、きのこと海老で中華風のお粥にしてみた。結局少し味が濃くなってしまって体に優しい感じではなくなった。最後の一口をだーっと口に流し込んで、そのまま席を立って洗い物をしてしまう。あ、いつも食べ終わる前に食器を洗ってしまう癖があるなと気がつく。せっかちなんだと思う。予定は夕方からなのでゆっくり過ごす。布団の上でぼーっと過ごす時間がとても好き。やらなければいけないことは山ほどあるのに、すぐに全部忘れてしまってぼーっとしてしまう。気がつくともう用意しなければ間に合わない時間になっていて、焦って起き上がる。

垂水駅で待ち合わせて、母と合流して小さめのそばを食べた。神戸駅へ向かう。先輩よりはやく着いてしまったので、ウミエの無印で買い物を、、と思っていたら、レジがそれはもうすごい行列になっていて、諦める。みたい店をぐるっと一周してみたけれど、あまりに人が多くてやめてしまった。合流して、海沿いの方のスタバで飲み物を買ってその辺で花見をした。来週は人と花見やピクニックをする予定がたくさんあるけれど、もう散ってしまっていないだろうか、心配だ。でも過ごしやすい気温になるだろうな、と思うと、それだけでなんだか嬉しい。会場である海辺のポルカへ向かう途中にコンチェルト号のあたりを抜ける。中高生くらいの人たちはみんなスマホを花壇に置いてTikTokを撮っていて、遊び方ってこうやって変わっていくのか、というのと、私ってもう高校生サイドの大学生ではなくなってしまっているんだな、というのを実感した。もう4年生だ。最近の私の遊び方は、どうだろう、どうやって遊んでいるんだろう、わからない。1日の時間をわりと、日記を書くのに使っている。別にクオリティがどうとかではないけれど、そうしている時間が落ち着くのだと思う。18時に開場してから開演までわりと時間があるので、今これを書いて待っている。席に着いた頃には青かった空が、もうずいぶん暗くなっている、ピアノの向こうに海が見える、光が反射する。ピアノの鍵盤の真前にすわった、2列目、だけど1列目の間から見ているのでほとんど1列目。とても近くてどきどきしている。

開演する、はじめて原田郁子さんの音楽と対面する。「ピアノ」からはじまる、新しいピアノが届いたということだったので、なんとなくこの曲だろうと思っていた。1881年のピアノなのだと言っていた。もう歌ってもいいんだよ、という歌詞に、彼女は何を思っていたのだろう。「やわらかくて きもちいい風」「たのしそう かなしそう」音に圧倒される時間だった、はあ、こんなに素晴らしい演奏を私なんかがきいていてよいのだろうか、ありがとう、ありがとうという気持ち。曲の終わりににこっと笑う彼女がとてもチャーミングで、どきっとした。「銀河」、あんなに激しい曲だったっけ、いまの音がした、彼女は何度も、空、とつぶやいていた。寺尾紗穂さんの演奏も初めてだった。プレイリスト等でよく聞いたことがあった「北へ向かう」、演奏前に曲ができた日のエピソードを話してくださったのだけど、そのあとにきくのではこれまでと全然違って聞こえた。それと、新しいピアノだけでなくて、以前からあったピアノでも演奏していらして、彼女は自分の中のひっかかりのひとつひとつときちんと向き合っている人間なのだろう、とおもった。マヒトさんの「失敗の歴史」も演奏していた、ぐわんとなる。

アンコールは2人でのセッション。タイムライン、青い闇をまっさかさまにおちてゆく流れ星を知っている、など、三田村亮さんの写真を映しながら。最後に演奏されたのはいのちの記憶だった。この週末に彼、とライブを共にするはずだった同居人が昨晩は珍しく憔悴していて、それがとても印象に残っていた、私はそれを思い出して、泣いてしまっていた。素晴らしいライブだった、藤田さんがゆっている、演劇はその日のニュースを見た人が劇場にやってくるもの、という言葉が、ライブハウスという空間にも広がっているのを感じたライブだった。素晴らしかった、ほんとうに。やっぱりライブが好きだ。

終演後、海沿いを散歩する。色々話して結局、人に興味ないよね、と言われる。そうなのかもしれない。だけれども、相手のことや相手の気持ちをきちんと想像できなければいけない、ずっとお母さんと噛み合わないのも、私の許容する心のなさと想像力の貧しさからきているのだと思う。はあ、なんだか落ち込む、先輩はやってられんから朝まで飲むぞ、という感じで、そうさせてしまったのには私にも原因があるので、途中ばばちゃんを呼んで、朝までのんだ。