smlbeme

意志のない日記

20211229

朝、目をさますと8時。はやいな〜とおもって目を閉じてひらくと11時になっていた。昨日もたせてもらったおかずを皿に盛り、おもちをトースターであぶり、朝から(昼から?)贅沢なプレート。もちは砂糖醤油と海苔で食べたのだけど、つきたてってこんなに美味しいのか、美味し過ぎて声が出た。声が出たというか、「美味しすぎる」って誰かに話すみたいに口に出た。

友人の内定祝いを買って、コメダで腹ごしらえ。コメダの「小豆小町 葵」ちょっとびっくりしたけどだいぶん好きだった。おしることカフェラテを混ぜたみたいなもので、味もまさに字面の通りだった、その期待の裏切らなさがよかった。ホットで飲んだのでもしかしたらおしるこやココアと近い感覚でするすると飲めたのかもしれないので、今度はアイスで頼んでみようと思う。

大阪駅の改札を出たところで靴の後ろの端をがしん!と踏まれて嫌な気持ち、びっくりして振り返ると男性が申し訳なさそうにしていたのがなんだか魅力的だった。こういうタイミングでも恋が始まったりするのではないかと思った、知らんけど

時間もぎりぎりだったのでとりあえず会場の蔦屋書店へ向かう。お茶を買い逃したまま、駅で行けばよかったトイレへ向かうとめっちゃ並んでいて焦る。15分前くらいに滑り込むとかなり席は埋まっていて、とりあえず入口から1番近い席に座る。もっと早く来るべきだった、、

「スズキナオ×平民金子〈すれ違う私たち〉『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』刊行記念トークイベント」。そうか、トークイベントも、間とかコミュニケーションのあれこれ、2人の間の重心のずれとか一致を捉えることが、考えることができるんだ、と初めて気がついた。いや、今回だからこそなのかもしれない。

食べ終わった皿に口を拭いたナプキンを置けないという平民さんの話が印象に残っている。私もそのタイプで最近同じことを考えていたのだけど彼とはおそらく全くちがう話だとおもう。平民さんはお店の人との「対話」みたいなものを考えていたのだろうと思うけれど(言葉が足りないのはわかっている、私の日記はその程度のものだということです)、私の場合は、さっきまでそれが食事が乗ったお皿だったというのに、そこに食べ物でない物を置くことができない、という方向のことで、たとえば外した後のコンタクトに対して抱いている感情と同じだとおもう。ものの役割の境界線を引くことができない、というか。あと、おもしろいと思ったものはみんな読んでる、みんなみてる、ということについて、「19,20の時にはオリジナルがあったんやと思うけど、」という言葉が今になってひっかかる。あんまり理解ができていなかったのだと思う、今更だけどききたい、きけるだろうか

そうそう、トーク中、暖房もよくきいていたので喉が乾燥して乾燥して、喉がじわじわ痛くなってしまい咳喘息の発作みたいになりそうで、口の水分を喉に持っていくのに必死で、途中そういう違うところに神経を使ってしまってもったいなかった。お前なんで質問せえへんねんとか言われるだろうな、などと思ったのではなくて、挨拶するにしても何をどう、どんな顔で挨拶すればよいのかわからなくて、さいご何も話すことなく出てきてしまった。いつから私こんな感じになったのだろう、

その後友人たちと合流してご飯。だいぶん前から約束して楽しみにしていた。中学から一緒だけれど、私たち少しずつ大人になっている。あの時の自分、に戻っても、戻らない今の自分でも、重心が変わらず話せる。いやそもそも中学の時から何も変わっていないのかな。なんにせよ楽しい時間だった。ハッピーアワーで出てきた重心の話があまりに自分にとってわかりやすく、つい話の前提にしてしまう。

帰ってきたら同居人2人が畳で寝ている。オールザッツ漫才がやっているので小さい音でみる。割とぼーっとみていたけど、藤崎マーケットピクトグラムのネタで2人を起こさないように静かに爆笑した。せいぞうさんはむくっと起きて、キャツミをみてわーちゃんみたいとつぶやいてまたすぐ寝た。ふたりがもぞもぞひとつの布団の中で寝返りをうって、回転しながら均衡を保っているのが面白かった、愛おしかった。お風呂に入って就寝。